河川をめぐる市民活動も、河川法の改正に伴い、第3幕を展開するようになってきた感がある。第1幕は、ダム反対、三面護岸反対という動きであった。第2幕は、これは今も一部続いているが、「流域でなにかしようよ。一部地域の団体単独では弱いから流域全体でやろうよ」という動きである。
第3幕は、第2幕の延長線上にあり、もちろん第1幕とも連動するのだが、河川法改正に伴い、河川整備計画ににおける市民参加が必要になってきたことに対応している。当然のごとく、これまでの片手間の動きでは、行政の専門的知識とあまりにもかけ離れてしまう。そればかりではなく、行政の話しに対し、理解できないままになってしまう。これではどこかの国の政治家と同じである。せっかく行政が法改正を提案し、市民参加を言い出した意味がなくなる。
なにも市民の全員が理解できなくても、少なくとも流域全体のネットワーク的市民団体が、市民参加の流域懇談会(埼玉県では土木事務所ごとに設置される)の内容の知識集約化ができ、情報交換ができなければならない。
価値観の多様化は様々な意見があるということである。そして、それをすぐに多数少数で決定せず、ある意見は何を根拠に言っているのかを明確にする必要があり、その賛成・反対理由を情報開示することが大切である。その集約化がこのネットワーク的市民団体の役目であり、今後仕事の量は増えることはあっても減ることはない。
なぜなら、行政はあくまでも縦割制の行政の意見だからである。その意見を市民の立場にたち、責任を持って発言・発信するのは、これは市民団体の役目である。一行政マンも家庭に帰れば一市民であることは言うまでもないが。
そのためには事務局の充実が肝要であるが、欧米でこんなことを言うのは、あまりにも初歩的なことなので言いたくないが、荒川の中・上流域ではいまだ理解されていないところもあるので、多少述べると、常に市民にも行政にも対応できる組織がなければならない。常設の、それも迅速にあらゆる質問に応え、報告書の作成ができる組織が必要なのである。
これまでの何々方とか、即連絡つかずでは、ある地域の単独団体ならやむをえないが、流域のネットワーク的団体では失格である。もし、応答なしが民間企業だったらどうだろう。信用失墜もいいところである。
この事務局の充実は、欧米におけるいわゆる第3セクターの発展に通じる。欧米では、国家、企業に次ぐ第3のセクターが非営利組織=NPOであり、成熟した社会においては、このNPOが人の創意を育て、生きがいを見出し、雇用をもたらし、新しい世紀を築いていくものとして、社会的、経済的、思想的、歴史的に認められているものである。このNPOが自然学習センター、エコパークなどを設置・運営し、環境学習を提供している。このため、欧米では、多くの優秀な事務局(当然有給)を抱えている。そしてわが国においても、自然学習センターなどを設置・運営でき、優秀な事務局を抱え、いかに市民、来館者に楽しみ学習してもらえるかが、今後、問われているのである。
河川環境の充実は、21世紀の日本に住む人々の明かりとなり、希望となっていくであろう。河川の汚れ、護岸の汚さをきれいにしていくことは、それを実施していくことで、われわれは明るさを見出し、子どもたちは大人を信ずるであろう。
すでに全国各地で、河川環境の充実は始まり、多くの市民団体が流域全体をたばね、時には非常に活発な動きを開始している。
第3幕はもう始まっているのである。
(荒川流域ネットワーク実行委員会 事務局長 山本 正史)
