自然の回復などという言葉は死語となり、世の中は「自然再生」一辺倒。
荒川下流河川事務所で、「自然再生事業」の全国一番乗りとして、干潟の造成工事を行ないました。一か所はもともと干潟があったところの延長として造成したところ。
しかし、もう一か所は、江戸時代からの埋立地だから干潟があったはずとして、荒川河口の右岸側の江東区新砂の堤防に沿って造りました。
ところが、新砂の干潟造成地について、古い地図や航空写真、その他の資料を調べると、そこは水深も深く、放水路開削当時から、あるいは開削以前の中川の河口であった時代から、どうも右岸側の江東区側には干潟がなかったらしい?
なぜなのか分かりません。戦後の埋め立てで干潟がなくなったところとは事情が違うようです。
左岸側は、葛西橋左岸から荒川河口、さらに江戸川河口、行徳、今は埋め立てられて遊園地となっている方面から谷津、幕張まで干潟が続いていたのに。
海流と川の流れとの関係でしょうか。川の特性というのでしょうか。何らかの原因があって土砂が堆積しないから干潟にならない。新たな研究課題が見つかりました。
そうした地域の自然の特徴を無視しても、現代の土木技術を使えば干潟ぐらいいとも簡単に造れてしまう。しかし、それが自然再生なのでしょうかね。
荒川の生きもの【14】~自然再生
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