1994年に荒川クリーンエイドを始めてから、2003年でちょうど10年目に当たります。その節目を記念して、12月14日、足立区生涯学習センターで10周年記念の報告会を開催しました。
荒川クリーンエイドを始めた頃の荒川下流工事事務所所長(当時)の大平一典さんと、数えるクリーンアップ活動の草分け、クリーンエイドの先輩である、クリーンアップ全国事務局の小島あずささんのお二人に記念講演をしていただきました。
報告会終了後は、同センター7階の「レストランさくら」で記念パーティーを行い、12月14日当日に2003年最後のクリーンエイドを実施した亜細亜大学の学生さんたちも参加して大変盛り上がりました。クイズ大会も盛況でした。
私はこのクリーンエイドの運動に最初から関わることができました。平成6年4月1日に荒川下流工事事務所の所長として赴任しましたが、その1週間前に荒川下流事務所の船「あらかわ号」で川の中から荒川を見ることができました。
その時、いい川だなぁと思うと同時に二つのことが気になりました。その一つは川に立ちはだかった壁のような護岸の板です。もともと放水路でしたが、大正・昭和の地下水の汲み上げで地盤沈下してしまい、高水敷に水が上ったり、東京オリンピックの頃、沿川の住民から子供の運動場としてグランドを作れという要望が強くありました。そこでなだらかな川の岸に鉄の板を打ちまして高水敷を作りました。当時は安く速くと進めるあまり、自然の事は考えていませんでした。今でいうと物凄く違和感があります。今ではその一部を壊して自然護岸を作り、自然も回復され始めています。
もうひとつ気になっていたのがゴミでした。船から見てもヨシ原のところにゴミがあるのがわかりますが、実際にヨシ原の中に入ると、とてもたくさんのゴミがあります。自転車とかタイヤとかが砂に埋もれています。ゴミは誰かが捨てるのですが、社会の住んでいる人たちの心を反映しているように思います。その沿川の人たちの心がちょっとおかしいのかなと思いました。従来だとゴミの片づけは行政がお金を使ってやる。または、行政が呼びかけて大勢でゴミを拾うことをしていました。荒川下流事務所には水面清掃船が2艘あり、毎日毎日拾って捨てています。その努力を多くの人に見てもらえるのだろうか。
これはちょっと違うのではないかと思いました。ゴミを出す発生源から考えなくてはならない。つまり、沿川の人たちが荒川をきれいにするにはどうしたらいいのかと思ってもらうにはどうすればいいのか考えました。いろいろなところに話を聞きに動きました。その時に多摩川でクリーンエイドの運動がありました。ゴミを捨てさせない運動をしていました。ゴミを調査することを通して社会のことや自然のことを気づいてもらう。人びとの輪をもってゴミを捨てさせない運動にしようとしていました。これだな!と思いました。
多摩川センターにお願いをして平成6年(1994年)に多くの人に声をかけて1回目の荒川のクリーンエイドを始めました。それから平成7年、当時は任意団体でしたがクリーンエイドの事務局が出来て、河川の業務を委託する形式で仕事をお願いする形をとっています。
河川の管理は利水とか洪水とか、大きな力で管理しなくてはならない。しかし、自然とか利用とかは川を大事に思う人が中心になって管理すべきじゃないかと思うのです。クリーンエイドは自発的に荒川を大事にする人が中心になって行っている。そこが素晴らしいと思うのです。社会ではこういうのをボランティアというけれど、ボランティアじゃない。ここにいる皆さんは国土交通省のためにお手伝いをしていると思っている人はいないでしょう。自分がこの川の中心にいると思っている。自分達が中心だという気持ちが大事だと思います。行政から頼まれたからやると言うのではなくて、自分たちがいい川を作っていく、守っていく、そういう主役だという気持ちが大事だと思います。このクリーンエイドのメンバーの中に荒川の「五色池」の自然回復の運動をしている人がいますが、五色池は昔から市民が管理しているのです。
川は誰のものか?国土交通省は国民の財産である川を管理している。だから川は国民の財産なんです。昔はトラブルは困るからできるだけ川に入って来れないような管理をしていた時代もありました。治水・利水が目的になっていた。それが平成4年(1992年)ブラジルで地球サミットがあり、環境倫理や持続的発展という考えが出てきました。これを契機に平成9年に河川管理法の目的の中に「環境」という文字が入った。国が決めるのではなく、みんなで考えていこうという流れになった。荒川ではそれよりも前から実践を始め、その代表的なものが荒川クリーンエイドになっている。川は誰のものかと、あるアメリカの人が言っていました。川を必要とする人、川を大事に思う人のものであって、そういう人たちが管理するのが望ましいのではないかと。当たり前のことかもしれません。そのような人たちの参加が始まっていると思います。
先ほど、野村さんが「悪代官と戦ってきた」とおっしゃっていましたが、時代時代の中で多くの人たちの考えを反映させて国は動いてきた。今「良い代官」に見えたとしたら、それはより多くの人が川の管理に関心をもち、参加して来たからです。そして国も変わっていくのだと思います。川を思い、どうしていけばいいのかみんなで考えていくことが必要だと思います。
「社会」と「会社」
話は変わりますが、会社という漢字と社会という漢字があります。同じ字を反対にしただけですが意味が違う。二つとも「会」という意味は「会う」で同じですが「社」の意味が違う。昔中国の周の時代に使われたものですが、「広場」という意味がある。みんなが集まる場所。仲間たちという意味ができた。会社の「社」は「建物」という意味です。ある目的のために人々が入る建物が会社で、建物が大事です。そのために利益をあげるために努力します。一方、社会は仲間が集まる集団。それぞれみんなが議論して考え行動する場ということになります。
つくづく思うことは、クリーンエイドは社会なんだなぁということです。これが素晴らしい。もし、クリーンエイドが会社になってしまったら、それはさびしい。ゴミを拾うことが目的になったらさびしい。そうではなく、ゴミを拾うことを通じて、荒川の自然や社会のことを論議していく仲間たちとして続けて欲しいと思います。
10年間そんな思いで活動を続けられ、その中心で運動して来た人たちに頭の下がる思いです。
私は国家公務員という国民の奉仕者の仕事をしていますが、必ずしも公の存在だけではない。個人の思っていること、荒川を大事にする心をもって、公の場所でそれを発揮している面もあります。一方、みなさんは逆に個人と言っても勝手なことはできないと思います。社会の構成員の一人として責任をもって生きていると思います。社会に暮らす個人の責任があると思うからです。これから社会の担い手として活躍する時代になっていく気がします。
私に対して、すぐに批判する人もいます。こんな状態はけしからんという人もいます。私はそんな人たちと話をする時、あなたにとっての社会に対する責任とかはどう考えていますか?とお聞きします。すると、単に自分が損をするとか困るとかで文句を言う人がいますが、そうではなく自分は困らないがゴミがたくさんあって何とかしろと言う人には、たとえば、わたしも拾いますが、あなたもいっしょに拾いましょうと言っています。
それがクリーンエイドの精神でもあります。10年経ちますが、まだまだこの運動は続くと思います。ゴミを何トン集めたとか、何人集ったとかはそんなに大事ではない。子供たちも含めて、川を思う気持ちを持つ人が増えること、自分達が中心なんだと思う人が一人でも増えることが大事だと思います。
これからは農業をしている人も、会社にいる人も、地域ぐるみ、会社ぐるみの参加をして欲しい。たとえばゴミの拾い方も何々ビール一個とか何々シャンプー一本とかカウントして、メーカーの名前を公表していく。自分たちの製品が社会の中でどう動いていくのかを理解してもらう運動もよいのでは。心無い人のせいで自分達の製品がゴミになっているのは会社のせいでもある、と考えるようになると随分社会も変わっていくと思います。会社に働く個人は理解するけれど、利益を追求する会社はまだまだ厳しいと思うのです。
一般の人は、自分の家の中はきれいにするが外についてはしない人がまだまだ多いと思います。荒川下流事務所も考えますし、荒川を大事にする人たちと一緒に考えていきたい。
会社をとるのか、社会をとるのかと言われるかもしれない。実は国の中でもいろいろな考えの人がいる。私のような人間もいますが、だからと言ってクビにはならない。もっと全国にクリーンエイドが拡がって欲しい。全国の河川局の事務所に紹介をしているが、なかなか拡がらない。ゴミを拾う運動はあるが、捨てさせない運動は多摩川と荒川のふたつしかない。全国に発信するような運動にして欲しい。
他の川ではなぜ出来ないのかを考えてみると、荒川は地域の人の川を思う度合いが違うのかもしれない。東京の下町にはあまり自然がないが、荒川にはたくさんの自然がある。荒川は知らないうちに貴重な空間になっています。つまり、荒川を大事に思う心が、荒川クリーンエイドを支えている。これをよりどころにみんながクリーンエイドを真似するような運動にしてもらいたい。社会に対する訴え方も工夫をしてもらいたい。荒川クリーンエイドが全国に広がることを願っています。国土交通省もいつまた「悪代官」になるか知れないので(笑)、これからもいろいろチェックしていただきたい。お互い切磋琢磨して行きましょう。ありがとうございました。
荒川クリーンエイドの10周年おめでとうございます。久々に荒川に来まして10年前のことを思うと懐かしくなります。
私は、最初にこのような調べるクリーンアップの活動を始めたのは14年前からになります。ごみの調査をして、その結果をまとめて日本全体を調べる活動で、ゴミを調べることを中心にした運動です。この運動は30年前にアメリカで始まった運動で、"Ocean
Conservancy"というNPOが行っています。ゴミを善意で拾っても、その時はきれいになるが、なかなかきれいにならない。みんながこの実情を把握しよう、調べる中からどんなゴミがあるのか、ということで、1986年から、調べながら海岸清掃をはじめました。そこで、ゴミによって海の生物に被害がある、そこで捨てられたゴミではなく流れ着いたゴミやよその国から来たごみがあることなどが判ります。世界中で手を取り合っていかないと地球のゴミはなくならない。そう考えて全世界に呼びかけ、徐々に広がって、その結果を集めて公表しています。
日本では私を含む女性3人で1990年に始めました。私自身は、最初は犬の散歩のついでに落ちているゴミを拾っていたのですが、自己満足にはなりますがすぐに限界が見えて来ます。調べるという共通の手段を使って行なうことが大事です。自分の町、川、海で調べながらゴミを拾うことを通して親しみを強め、運動を広げることが出来ると思います。私たちは最初は、湘南の海岸で地元の人に教えてもらいながら、ビーチクリーンアップを行い、これを毎年行っています。
多摩川では1993年からクリーンエイドを始めました。東京都と多摩35市町で「TAMAらいふ21」という行事の一つとして「多摩川クリーンエイド」という事業が設定され、ビーチクリーンアップの手法を基にして、多摩川での数えるクリーンアップをやることになったわけです。そうしたら、翌年、荒川下流事務所よりお話があり、荒川でもクリーンエイドをやることになりました。私たちは、手法は教えられるが地域の人たちが行なうことが必要と思い、佐藤さんや薄井さんといっしょに荒川を歩いて調べることから始めました。その後、荒川クリーンエイドは、調べるクリーンアップだけでなく、多岐にわたる活動を展開され、上流との交流や子供たちの環境学習など、うらやましい活動をされています。
全国各地で様々な活動
活動の形態は少し違いますが、全国各地で様々な活動が展開されているので、それを紹介したいと思います。
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湘南海岸では、今年9月28日に約300名が集まってビーチクリーンアップの活動を行いました。実は、予定は1週間前で、それには約1500人の申込があったのですが、台風で1週間延びてしまい、参加者も減ってしまいました。このときは、地元の小学校1クラスが参加しており、先ず前半は10人一組でゴミを集め、後半でそのゴミを袋から出して全部分類し記入する方法で行いました。
- アースデイ・クリーンアップ:
相模湾では、様々な団体がそれぞれ自主的に海岸のクリーンアップをしていますが、年に一度はみんなで集まって海に感謝しようという行事を行いました。海岸に向かって全員手を広げて一列に並び、「ありがとう」と言い、その後、自分の手の広がり幅分を渚までゴミを拾うというパフォーマンスをやりました。
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今年3月、石垣島で「海辺の環境教育フォーラム」という団体が、調べるクリーンアップをワークショップとして実施。2人一組で行いましたが、白いサンゴ礁の砂浜で、発泡スチロールの破片やタバコのフィルターを探すのは大変でした。
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高知県室戸市の独立行政法人少年自然の家で、子供たちを対象に調べるクリーンアップの体験実習をさせてもらいました。遊びの要素を取り入れて、子供たちには先ず海岸の宝探しをさせ、その後ゴミ集め。雨の場合は、拾ったゴミ・宝物のクラフト作成なども行っています。
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ゴミ集めだけでなく、楽しい行事も一緒に行っています。「ジャンケン大会」は司会者と参加者全員でじゃんけんを行い、最後に残った人に景品をあげます。
- ベアフット(熊の足)コンサート:
プロミュージシャンなどに参加してもらい、海岸や河川敷のクリーンアップの後に大勢の参加で、ベアフット・コンサートを行いました。
- 漂着物トランクミュージアム:
ゴミ、種、貝殻、説明文。開くとすぐに展示場になる。知らない他の場所の自然やゴミが見られる。特に海のない滋賀県、奈良県などから引き合いが多くあります。トランクはメーカーから寄贈していただきました。
- リーダー講習:
クリーンアップ活動は、一度だけならどうにか出来ますが、何度も続けてやるためには、主催者は参加者に飽きられないように、いろいろ勉強したり、準備する必要があります。そこで、キャプテン研修と称して、ゴミの実物や学習、実地研修等を行っています。
- 最上川でゴミの指標化実験:
地方の川では、不法投棄や農業用廃棄物などが多く、私たちのようにゴミを一つひとつ数えることが必ずしも適当でないことが多い。そこで、写真や視覚でゴミの量を測定しようという研究が山形国道河川事務所とNPOが協働で行っています。私と佐藤さんもその実験に案内を受けて参加してきました。
- 漁業用フロート、発泡スチロールの破片:
発泡スチロール製で1m×1.8mほどの漁業用のうきが3000円程度で購入され、たくさん使われています。これをさらにイカダや手作りウキに再生したりしていますが、古くなるとどんどん破片となり、それが海岸に打ち上げられています。種子島の海岸は一面真っ白。全て発泡スチロール破片で、波でさらに砕かれて細かくなり、ボランティアでは拾い切れないものとなってしまします。
アメリカの市民団体が、カリフォルニア沖の海でプランクトンネットを曳いて実験したら、なんと、プランクトン1に対しプラスチック破片6もあった。(これは「人工の海」というビデオで紹介しています)
- リセットクリーンアップ:
年に1回のクリーンアップ調査では精度が悪く、季節の変化が分からない面があります。そこで、ある一定の範囲で、最初にゴミがゼロ=まったくなくなるまで拾い、その後ひと月ごとに調査をします。現在、協力いただくグループのいる淡路島、能登、鹿児島で実施しています。
- 島ゴミネットワーク:
今年8月、山形県酒田市沖の飛島で会議を持ちました。約300人のボランティアが、手弁当で飛島に渡り、普通は人が近づけない西海岸のクリーンアップを行い、1800袋のゴミを回収しました。このゴミは、陸路で運ぶことは出来ず、天候を見て、海路で運ぶことにしていたのですが、何と運ぶ前に台風で流されてしまいました。幸か不幸かそのことがマスコミでも取り上げられ、島ゴミの問題がクローズアップされることになりました。
- Hug Our Ocean(海を抱きしめよう)
アメリカの運動を知って、情報を送れば、4,5年でゴミはなくなると期待していました。
クリーンアップの運動を始めた時、10年間は責任をもってやろう、頑張ろうと思いました。捨てる人がいなくなれば、拾う人もなくなる。10年で解散したいと思っていました。しかし、散乱ゴミが少なくなったかというとまだまだです。
10年前にクリーンエイドに参加した子どもたちは成人になっています。親子で参加したこどもは高校生になっています。ゴミを考える人々が育っていること、運動が広がっていること、そして、他の地域から注目を集めていることは、うれしいことです。
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湘南海岸 |

石垣島 |

ジャンケン大会 |

トランクミュージアム |

漁業用フロート |

リセットクリーンアップ |

島ゴミ |

Hug Our Ocean |
私達は海岸でやっていますが、海のゴミ7割は川から流れてくるものです。海に入ったら拾うことができません。川で運動することは大切なことです。これからも同じ仲間として20年30年と頑張っていきましょう。本当はなくなった方がいいのですが、頑張りましょう。